EOS kiss X2(18-55mm, 50mm)を愛用中。京都在住自転車通勤族。Twitterにもおります。
by siwapuri

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ただの私(あたし)  オノ ヨーコ

ただの私(あたし) (講談社文庫)
オノ ヨーコ / / 講談社
ISBN : 4061847503

ある意味、世界で一番有名な日本人、オノ・ヨーコが、生い立ちから、ファンからのバッシング、女性解放運動、ジョン・レノン殺害事件までを語った自伝的な本。いままでビートルズやジョン・レノン側からの視点でしか知らなかったオノ・ヨーコのことを本人の言葉で少しだけ知ることができた。

裕福な家に生まれたからこその逆差別と孤独な少女時代。
前衛アーティストとしての活動、カッティングイベントやお尻の映画、グレープフルーツという名の詩集(イマジンの元ネタになったやつ)。
音楽家 一柳慧と最初の結婚、トニー(アンソニー・コックス)と二度目の結婚、
最初の子供である京子を愛せなかったこと。
そしてジョン・レノンと三度目の結婚。
そのときジョン28歳、オノ36歳だったことなど。


語り口は率直で、あらかじめ抱いていたイメージとそんなに違いはない。
私は美人で、頭も悪くないし、身体もいいし、幼い時から、廻りの人に気をつかって、随分尽す性だし、今は、その延長で世界のために、と自分の出来るだけはしているのだから、自分では何もコンプレックスを感じていない。
それがこれだけ悪口をいわれてきた、というのはどういうことなのだろう。
さすが、スーパースターの孤独を受け止め、対等に(あるいはそれ以上に)向き合あってきた人。この本を読んで、オノ・ヨーコのイメージが変わりました。ってことはなかったけれど、ビートルズ解散前後なにかと過敏だったであろうジョン・レノンにとって、オノ・ヨーコという存在はこれ以上ない刺激だったのはよく分かった。やっぱりオノ・ヨーコはただものではない。

でも、オノ・ヨーコ自身への興味は未だ壁高く、キス・キス・キスなんかを聴くと、やっぱり近寄りがたいものを感じる。「抱いてよ」と連呼されても受け取り方にとまどう。オノ・ヨーコのうっふん/あっはん声は、ジュテーム・モア・ノン・プリュみたいにサウンドエフェクトとして受け流せない圧倒的な存在感がある。それは、同じ日本人が日本語で歌っているからだろうか。いやいや、そんなんじゃない何か。
あの曲は、スターティング・オーヴァーのB面であったり、同アルバムではA-2といういい場所に収まっていて、二人にとって絶対に聴かせたかったはずの曲と読み取れるけれども、いまだ再評価は難しい。

本を読んだあと、とりあえずはジョン・レノンを聴き直してみたくなった。オノ・ヨーコを聴くのはその後でのほうが面白いはず。

この本の装幀を飾る写真は、スターティング・オーヴァーと同じく篠山紀信。
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by siwapuri | 2008-01-30 22:51


やがてブロガーはCSSを操りたいと思いはじめる

ブログをしばらく続けていると、レイアウトや画像や色や行間をいじりたくなってくる。
あらかじめ用意されたスキンはやたらと派手なのが多く、
個性を押しつけているようなのが多かった。
今使っているのはエキサイトのスキンを元に多少いじったもので
ウェブデザインをやっている友人に手伝ってもらった。

自分でこのblogをいじろうとしても、HTMLならまだしもCSSとなると全く意味がわからなくて、睨みつけても睨みつけてもアルファベットの羅列にしか見えず、どこをどうさわったらどうなるのやらという感じである。
でも、最近突如ひらめき、試行錯誤の結果、このブログの一部を変更できた(見る人がみれば、とってつけたような記述になっていると思われるけれるが)。意図がブラウザに反映されて嬉しい(Firefox2.0 MacOS 10.4)。
CSSの機能はイラストレーターでいう「スウォッチの特色」に近いと思う。
定義の数は少なくまとめること、わかりやすい名前をつけてやることが多分重要。

「はてなダイヤリー」なんかでよく見る、囲いの出し方もようやくわかった。とりあえずコメント欄で生成される囲い<div class="COMMENT">を流用。Googleノートブックにメモしていた望夫語録を囲ってみよう。
一般的に、リアル世界で満足度が高い人はネットには関心を持たない。リアル世界で満足度が低い人(若い人たちはその代表)ほどネットの可能性に興奮している。(P231)

リアル世界の物理的制約に規定されて生きざるを得なかった昔に比べて、制約が取り払われた分、個の目的意識がより問われる時代になったということだ。(P235)

「社会変化とは否応もなく巨大であるがゆえ、変化は不可避との前提で、個はいかにサバイバルすべきか」を最優先に考えてきた。(P238)
よしよし。この勢いでもう少しCSSの理解に努めたい。
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by siwapuri | 2008-01-25 23:44


ルーファス・ウェインライト@なんばHatch

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ルーファス・ウェインライトのライブを観になんばHatchまでいってきました。これが予想以上に楽しかった。
熱心なファンの間では有名なことだったとはいえ、彼があんなにもおちゃめさんだったとは。

デビューアルバムとウォント・トゥーの2枚の音だけを聴いた限り、過剰な強さと危うさをかかえた、すこしだけシリアスなシンガーソングライターだと思っていたのに。ステージの彼はまるで別人で、ゲイであることを強調する立ち振る舞い。破壊力抜群の衣装。ステージのバックには星条旗、天井にはミラーボール!。あんなにも過剰にエンターテイメントな人だったとは。


ステージ衣装のことだけ書き出しても、かなりのもの
1部:
白地にストライプのスーツ(ジャケットには派手なアクセサリーがじゃらじゃら付き)を素肌の上から着用。白い肌に胸毛が怪しく映える!。


2部:
サスペンダー付きのバミューダショーツに、折り返しのついた厚手の長い靴下というボーイスカウトスタイル。


アンコール:
バスローブ!で登場。一曲歌ったあとは、ステージ中央の椅子に座り、思わせぶりに派手なイヤリングをつけ、ハイヒールを履き、ねっとりと口紅を塗りつけたところで観客の期待は最高潮。もうここまできたら、皆が望むものは一つだけ。ウオーー テイク オーーーフ!。というゴツイ声が観客からかかるのを、まってましたとばかりに、バスローブを脱ぎ捨て、やっぱり変身。お姉ルーファス誕生。


エンディング:
シルクハットとモーニングのみになり、つるつるの美脚があらわに!。さっきまで演奏していたミュージシャンたちもミュージカルの役者ように、激しく踊り出し、歌い出す…


…そんなライブ。これにより、勝手に抱いていたイメージはぶち壊れたものの、真の姿はさらに魅力的なものだったという嬉しい誤算。音楽以外にも、怖いくらいのエネルギーを放出するルーファス・ウェインライト様。ますますファンです。
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by siwapuri | 2008-01-22 22:56


タグをつかった超整理術

このブログのカテゴリは外出・Music・Book・食べる・ソフトウェア・ハードウェア・その他・映画という分け方をしている。
何度か試行錯誤をしたので、だいたい収まりはよくなってきたけれど、
たまにどうしようもなく収まらないことがある。
たとえば、ライブに出かけたとして、これは【外出】なのか【Music】か。とか、
【ソフトウェア】というカテゴリの中でもDTP系とインターネット系は分けたいとか。

そんなとき、タグ機能を使えばよかったのだ。とようやく気づいた。
タグを付けるメリットは、ひとつのエントリに複数の属性がもてることと、より細かい条件で並べ替えができることだと思う。
ライブの場合【外出】【Music】どちらのカテゴリに入れても、タグに【ライブ】と書いておけば一網打尽。ソフトウェアの内訳を追加するなら【Google】とか【Illustrator】のタグを追加しておけば分かりやすい。

↓過去の日記に少しタグを入れ込んでみた。そして並べ替えてみる。
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おおー、わかりやすい一覧。
これをやりはじめると、時間軸だけで追いかけるアナログ日記との違いがさらにでてきて面白い。日記というより、便利なメモ帳。いや、そもそもこれがブログだったのか。
これからはタグつけてこ。
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by siwapuri | 2008-01-18 16:54


Composer Mort Garson dies at 83

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ネット上をさまよっていたら、今年の1月4日にモート・ガースン(MORT GARSON)が亡くなったことを偶然知った。83歳。
http://www.variety.com/article/VR1117978685.html?categoryId=25&cs=1


モート・ガースンといえば、ルビー&ザ・ロマンティックスが歌い、63年に全米NO.1を獲得した“OUR DAY WILL COME"の作曲者。
VANDA 監修のポップヒットメーカー・ソングブックによると、OUR DAY WILL COMEはボサノヴァアレンジのヒット曲としては最初期であったこと、その後、OUR DAY WILL COMEは多数のアーティストにカバーされ、ロジャー・ニコルス、ハーブ・アルパート、クリス・モンテスといったA&M系アーティストや、ジュリー・ロンドン、クリフ・リチャードなど多くにカヴァーされ、中でももっともヒットしたのは76年に全米11位を記録したフランキー・ヴァリによるヴァージョンだ。とか結構詳しくのっていた。
モート・ガースンには、ムーグシンセサイザー奏者としての顔もあったので、ボサノヴァを取り入れるのが早かったという話には、なるほどと思う。新しい流行が好きな人だったのだ。愛すべき才人。あなたが残したムーグのレコードはいまだに高値で取引されておりますよ。と告げたい。

写真はずっと前に買った、ルビー&ザ・ロマンティックスの後期アルバム。このアルバムに彼は参加していないけれども。
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by siwapuri | 2008-01-16 21:43


iBookG4のHD交換に初挑戦

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今日は、iBookG4のHD入れ替えをやってみた。
やってみると、かなり大がかりな分解作業になり、5時間くらいかかってしまった。
初めてとはいえ、たぶん時間かかりすぎ。

はずしたネジの場所を忘れないように、テーピングしながら少しつつ慎重に進めて、ようやくHDにたどりつくまでは、正直なところかなり不安もあった。そして、ばらばらになったiBookを再び組み立て、最初の起動がうまくいくかどうかまでは。

結局、HDの入れ替えはうまくいって、無事起動もできて一安心。今回やたらと苦労したけども、こういうのは一度やっておくと、次が楽(と思いたい)。
分解していくなかで、内部構造の見事さとか、シャーシの薄さを知ることができたのはよかった。

分解の手順はこのサイトを大いに参考にさせてもらった。
http://www.bunkai.jp/mac/ibook_g4.html
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by siwapuri | 2008-01-13 00:32


日垣隆/それは違う! (文春文庫)

それは違う! (文春文庫)
日垣 隆 / / 文藝春秋

ブックオフで100円で買った「それは違う!」は、ベストセラー「買ってはいけない」と真向から斬り結び、環境ホルモン、人権論争など良識ある市民的世界の虚構を徹底的に論破する!という紹介のとおり、一時、猛威をふるった脅し文句をばったばったと斬りまくりの痛快ウキウキ本。難しい内容でもわかりやすい文章で読みやすかった。

特に面白かったのは、環境ホルモンの影響としてよく例にだされるという、フロリダのワニをめぐる話。嘘があばかれ、興味深い事実が次々と明らかになっていく。
環境ホルモンの恐ろしい影響とはこちら
(フロリダ半島アポプカ湖の)オスのワニのペニスは正常の四分の一程度になり、ワニの数は減少し、産み落とされた卵も、多くが孵化せず、孵化しても大部分がメス。わずかに生まれたオスは生殖器が小さく、ホルモン分泌はメスに近いというのです。(三好基晴氏「精子の数が減っている!」)(P31)
恐るべし環境ホルモン!。と思わせて、
それに対する、衝撃的な事実がこれ。
ワニの雄雌は、染色体(遺伝子)によって決まるのではない。孵卵温度によって決まる。フロリダに棲息するアメリカアリゲーターの場合、摂氏26度までは孵化せず、30度までに孵化するのは100バーセントがオス、34度を超える条件下で孵化するのは100パーセントがメスなのである。『動物たちの地球 第101巻 両棲類・爬虫類5』(P32)
あと、世界数十カ所の動物園を訪れた際、ワニの檻に「性別不明」と掲げられていることの多さが以前から気になっていたという日垣さん。各地の動物園の飼育担当者に確認してみると、さらに衝撃の事実が。
「ワニの雄雌を外見から判別するのはほとんど不可能です。産卵した瞬間を見ていた場合に限って、産卵したほうがメスだといえるにすぎません」(東武動物公園管理課などによる)(P32)。
知れば知るほど面白い動物。ワニ。もう最高。

それと、学生のころリアルタイムで読んで、真に受けてしまったところもあった「買ってはいけない」。この本も検証が進むにつれ、「買ってはけない」著者たちの極端な考え(自分たちが正しいと信じる目的のためになら、手段を選ばず嘘八百を並べ立てても構わない)と、嘘が浮き彫りになって、読み物としても面白かった。その中で、当時から(さすがに)気になっていた「味の素」の恐ろしい副作用についての事例も決着がつけられていてすっきりした。

恐るべき事例とは…
フィリピンなど東南アジアでは、野犬を捕獲するときに缶詰の魚にアジノモトを振りかけて広場に置く。野犬がガツガツ食べると、そのうち足がふらつきはじめ、昏倒する。そこを捕まえる。
日本でも“暴力バー"のホステスが酒に「味の素」を振りかけ、酔客を前後不覚にさせ金品を奪う事件も起こっている。
これについて、書いた本人である船瀬氏に直接根拠を問い
明かされた事実もまた恐ろしく衝撃的。

「友人からの手紙にそんな噂が書かかれていたのは事実だ。」

ば、ばかな!


「嘘を嘘と見抜けない人は掲示板を使うことは難しい」という有名なひろゆきの言葉があったけれど、これは2chだけの話ではなくて、きっとどのメディアにでもあてはまること。でもワニの話なんて、知っている人はどれくらいいるのだろうか。それらしいデータと巧みな話術でたたみかけられたら、嘘に気づくことができるだろうか。良識ある市民的世界を疑えるだろうか。「買ってはいけない」の発行部数が27万部を超えたとき、「買ってはいけない」に疑問を呈するメディアは一つもなかったという。
笑えてしまうけれど笑えない、または、笑えないけれども笑える本でした。
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by siwapuri | 2008-01-10 15:25


偶然の出会いと野外展示&ライブ“吉田省念・植田良太”

はちはちの営業初日(6日)さっそく友達とパンを買いにでかけた。
昼に到着し、新年一番乗り。
窓際の席で悠々とサンドイッチのランチを食べて
この日はコリアンダーのパン(680円)を購入。
開店一時間ほどすると、続々と常連客が訪れテーブルはすぐに満席になっていた。

この日は、二つの偶然の出会いがあった。
一つは、このお店を教えてくれたオーマエさんに偶然遭遇したこと。新年のあいさつをしたり、二眼カメラ(いかつい!)で写真をとってもらった。

もう一つは、お店をでた向かいにある空き地で、友人の吉田省念・植田良太のライブがあったこと。これまた偶然の出会い。すごいな今日は。日本画の展示イベントの一環なのかな。
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たき火を囲んでのアンプラグドライブ(弾き語り+ウッドベース)は、70年代のワンシーンのようで、ピースでフラワーなあの感じ。懐かしい(…わけではない)。
どこからともなくその場にあつまった人たちも、穏和そうでありながら、どことなくアウトローな匂いがしていた。
その場で振る舞われるフード(おぜんざい、みかん、焼きイモ、銀杏)もアンプラグドで面白かった。
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近くには畑もあって大根が収穫時期をむかえていた。
それにしてもこの一帯は、住宅街のど真ん中にあるとはおもえない異空間よ。
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by siwapuri | 2008-01-06 01:29


北野天満宮へお参り

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近所まできたついでに立ち寄った北野天満宮。
昨日までは「筆はじめ祭」というイベントがあったのだそう。
今日は特にイベントはなかったけれど、天気がよかったことと、受験シーズンのためか、
1月6日にもかかわらず、出店や参拝客で賑わっていた。
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↓境内に10体あるこの牛にも御利益があって、
体に具合の悪い所があると、この“お牛さん”の対応する部分をさすると治るのだとか。
写真の人は鼻の穴の具合でも悪いのでしょう。
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↓神頼みの受付体制は万全。システマティックすぎて、もはや受験会場みたいな雰囲気。
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by siwapuri | 2008-01-06 01:05


梅田望夫 ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)
梅田 望夫 / / 筑摩書房

去年の発売日に買った梅田望夫の「ウェブ時代をゆく」は、当日置いている店がなくて、4件くらいはしごしてようやくみつけた。
梅田望夫については「シリコンバレー精神」「ウェブ進化論」「ウェブ人間論」「フューチャリスト宣言」を読んで、ブログ「My Life Between Silicon Valley and Japan」も読んでいたから、概論のようなこの本を読んで新しい発見というのはそんなになかったけれども、ウェブ進化という同時代の大変化の真っ只中で、私たち一人ひとりがどういう心構えで生きていくべきか。について書かれた文は「ウェブ時代の生き方」に対するもやもやした思いを晴らしてくれた気がした、そして初めて梅田望夫の本を読んだときに感じた「この人は一体、何をいっておるのだ。楽観的すぎる」という違和感はもう感じなくなってしまった。それは自分の中に望夫イズムが根付いてしまったからだろうか、ただの慣れだろうか、世間が望夫イズムに追いついたからなのだろうか。なんにせよ恐るべし望夫イズムの引力よ。

本の中で一番おお!と思ったのは「ネットは知恵を預けると利子をつけて返す銀行」の章で語られた一文。
情報自身を公開してネットに預け(情報自身は過剰性を指向)、利子のように返ってくるアテンションを得る。その利子をインプットに改めて構造化した知を再びネットに預け……というプロセスを繰り返すことが、新しい知的生産の流儀なのだ(P163)

梅田望夫が過剰な人であることは周知の事実だけれど、ついに[公開する情報は過剰性を指向]と自分でいいきった。そして過剰性が新しい知的生産の流儀に必要だと。

これを受とめて、今後、過剰な日記に豹変するのが真のフューチャリストというものなのだろうか。過剰でなくては未来は切り開けない。過剰でなくてはウェブ時代をゆけない。そうなのか。そうだったのか。フューチャリストへの道はまだまだ遠い。
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by siwapuri | 2008-01-05 00:09




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